一昨年、宝島社SUGOI文庫『ヒューマン・ドキュメント 倒産!』の作業に携わった。
以下はそのイントロダクションとあとがきから。

この文庫の原型が出版されたのは1998年の4月だった。別冊宝島374『ザ・倒産』。
その後宝島社文庫『倒産体験』として文庫化され、さらに宝島社文庫『新装版・倒産体験』として引き継がれ、今回の宝島社SUGOI文庫『ヒューマン・ドキュメント 倒産!』となった。
別冊宝島の『ザ・倒産』は10万部以上売れたという。文庫化したあとのことを推定すると15万部以上売れたのではないか。世の会社に関わる人々、経営者と役員と社員とそれぞれの家族は、倒産に無関心ではいられないものなのだろう。
 
別冊宝島の当時の編集長、井上学さんの思い出。
井上学さんとはじめてお会いしたのは、出版される前年の1997年11月12日だった。当時のわたしはまだ事務所もなかったので、宝島社の近くにある麹町のダイヤモンドホテルの喫茶店でお会いした。
「実際に倒産した人を追いたい。じっくりインタビューをして、倒産社長の本音を本にしたいのです。どうかご協力ください」
開口一番、井上学編集長は言った。
それから半年。わたしは依頼人の方々に趣旨を話し、協力を要請し、了解いただけた方とは取材のアポイントメントに奔走した。中には嫌がる方もいたが、喜んで参加していただいた方もいた。そうしたかたがたの多くは自身の経験を後に続く人に伝えたい、という動機だったと思う。わたしの参加動機はまさにそれだった。

倒産は、会社という事業体の経済的な破綻であり、経営者はその多くが志半ばで事業継続を断念することだ。
それだけでは決して犯罪でもなければなんでもない、ある意味では〝ありふれた〝ことなのだ。
しかし、実際には、取引関係の軋轢を招き、会社の役員間の対立を生み、株主との経済的な攻防を招来し、さらに経営者と社員の、あるいは社員間の人間関係のザラツキを産むことになる。もちろん、その倒産に関わった人のすべてにその後の経済問題と家族との微妙な問題を招く。
その間の人間模様はまさにケースバイケースで、100の倒産があれば100(かけるところの関わった人数分の)の人間模様が出来する。
井上学編集長は、その人間ドラマのドキュメントを生々しく描き出したい、と言った。その情熱がこの紙面に記録されている、とわたしは思う。
改めて読むと、行間から語り部である倒産者の無念と、ライターの方の執念、そして編集長井上学さんの意思を感じることができる。
それがあるからこそ、何回も版を改めても売れ続け、読まれ続けてきたのだと思う。
倒産の体験は、決して風化することなく語り継がれていくものなのだ。

最初の版から数えると、10年以上の歳月が流れている。
この間に、倒産に関わることは何が変わったのか。
運用に関しては、スピードアップと低費用。わたしのケースと較べると350万円が20万円。三年半が三~六ヶ月。驚くべき変化だ。
しかし、倒産の数は決して減っているわけではない。
倒産は一定の比率で毎年起こる。全法人(300万社)の5~7%。すなわち15~21万社が廃業していく流れは変わることがない。そのほとんどが倒産しているのだ。
この本は、これから倒産していくであろう予備軍と、その関係者。経営者、役員、社員、取引先、家族、などなどに読み継がれていくのだろうと思う。
そして、それに充分耐えられるだけの内容を持っていると思う。
 
わたしは、このような倒産に関する人間ドラマの詰まったドキュメントは、すべての経営者は必読であり、会社に関わる役員や社員たちにもぜひ読んでいただきたいと思っている。
これまでのように、これからも読まれ続けていっていただきたい。

この本の原型(別冊宝島374『ザ・倒産』1998年4月)は当時の別冊宝島の編集長、井上学さんによって生まれたと記した。
その後、別冊宝島424『ザ・債権回収』(1999年1月)、別冊宝島Real011『実録!示談交渉人』(2001年3月)、別冊宝島Real020『敗者復活!』(2001年8月)、別冊宝島Real028『モンダイの弁護士』(2002年2月)、別冊宝島Real034『闇金融』(2002年、7月)と引き続き井上学編集長のもとに倒産とその周辺のテーマを追い続ける作業に、わたしは全面的に参加してきた。

その井上学さんは2005年の9月27日に逝去された。癌とその転移がその原因であったと聞く。
享年は五十一。

別冊宝島のような、〝ワンテーマ・マガジン〝は、編集者(編集長)のキャラクターによって出来の良否が決まるように思う。執筆者や、情報提供者や、アレンジメントした者のキャラクターによってではなく、編集者の執念のようなものが紙面に反映できなければ、決していいものは出来ないように思う。

わたしは、『ザ・倒産』で誘われるはるか以前から井上学さんの名前は別冊宝島の編集長として知っていた。読者として知っていたのだ。
その編集理念は、〝サブカルチャー〝すなわち王道の傍あるいは列外にあるものに、全く新しい光を照射して、今まで見たことのなかった意味や価値を照らし出す。倒産でいえば、従来の敗北者の泣き言(曳かれ者の小唄)ではなく、挑んで倒産した者の意志を引き出してくれたのだと思う。外からはそのように見えた。
また、その編集手法は、妥協を許さず徹底的に対象を追い込むようだった。倒産でいえば、被取材者が嫌がるようなことでもそれを書いたほうがいいと思うとライターに書かせた。書いた上で被取材者に了解を求めるための説明は惜しまなかった。一緒に仕事をしていた横からはそう見えた。

倒産の体験が風化しないように、井上学さんの業績も決して風化することはない。

このブログを読んでいただいている方々にも、この文庫が読み継がれんことを祈る。