生存危機コンサルタント

喜多 圓蔵( きた えんぞう )

まず初めに、この機会を与えてくれた代表の内藤明亜に感謝する。
死に目に会えなかった両親に感謝する。
今日1日生きられた事に感謝する。
いつも縁の下で面倒なことを支えてくれる事務方に感謝する。

読み返すと長い文章になった。

ここでは自己紹介と共に、自分が経験した清算と今後の活動について書く。
少々浪花節だがこれも今の自分。字面に書けないことも多いので曖昧に書いている部分もあるがそれは忖度していただきたい。

喜多圓蔵の倒産

「経営危機」と、内藤との出会い

自分は1988年に個人事業を創業し1994年からは法人の経営者となって20年の経験を積んだ。粉飾決算が難しい同月同日決算の法人を複数経営していた。
年商2億円程度の売り上げはあったもののリカバリーに数年掛かる様なトラブルが断続的に発生し、その打開策が無いまま気が付けば収拾がつくかなくなっていた。
いつの間にか正常なハンドリングができる状態では無くなっていた。
すでに運転資金も人的資源にも抗う力は残っていなかった。

「自分で何とかする」ことを諦め始めた頃に、内藤明亜事務所のwebsiteへ辿り着く。
しかしwebsiteに辿り着いてから内藤明亜に会うまで半年も経過してしまった。

この頃の自分は再起の方法どころか明日とか未来とかが全く想像できなかった。
自分の人生が続くとはどうしても思えなかった。
万策尽きている事にも気が付けなかった。
何より「何か」が怖かった。
見えない恐怖に支配され、まんじりとしない時間をただ過ごしてしまった。

その分、内藤明亜と会うのが遅くなった。
今思えば痛恨である。

もっともっと早く会えて選べる選択肢があったなら、どれだけ結果が違っていたのかは正直わからないが、少なくとも、もっと早く相談すべきだったことは間違いない。これは間違いない。
1日も早い面談を心から勧める。

「Xデー」までの日々

氷点下18度の夜、暖房が切られた広い事務所で、膨大な帳簿と案件台帳を広げ数年前からの整合性を見直した。
有効な債権債務の確認と各地に保管されていた在庫の全てを見直した。数か月と数週間、昼間は仕事、夜は仕事、事務所に泊まり込みで数字の矛盾を炙り出した。
隠されていた、隠してしまった数字を確かめたかった。
見えていた筈なのに、あえて見ることを避けていた事実を確かめたかった。
これらの作業は、倒産する法人にとっては何の意味も持たないのだが、どうしても、どうしても、自分の腑に落としたかった。

心底納得してから深淵へ沈みたかった。

Xデーを定め、その日に向かって段取りをし、粛々と作業を進めた。食事は1日1回、銭湯は週に1回、洗面と洗髪は事務所のトイレで済ませた。
小脳運動機能失調、平衡感覚失調、眩暈、手の震え、不眠症、失声症、眼振、顔面痙攣、視野狭窄、筋力低下に伴う関節疾患、極端な体重減少など、大凡の絶不調を経験した。
会社のリカバリーのため既に数年掛けて疲弊していた身心で、倒産すると決めた後の精神状態では、もう衰弱するしかなかった。
自分の心身と向き合う事も拒絶する様になっていた。

拒絶というより既に自分の肉体すら無視している様な、とにかく自分を嫌悪していた。
何の診察も治療もしなかった。
何度となく内藤から厳重注意を受けていたが、自分のことは一番最後にしないと迷惑を掛けるであろう人たちに申し訳なく思っていた。

内藤から「世界を虫瞰で見てみる、虫の目線まで意識を下すと、ブレークスルーが打てるかもしれないよ」と言われた。

当時の自分は、道の端っこを、目立たぬように、うつむきながら、ひっそりと生き延びて行くしかないのかな?と思った。

生きることを許されたとしたなら。

今日世界のどこかで誰かが不幸に見舞われる事も自分のせいだと思う時があった。
ニュースで見る交通事故も自然災害も、世の中の全ての悲しい事は全て自分のせいだと思う時があった。
全ての攻撃先は自らの心の内へ向かい気づけば10kg以上も痩せていた。
身体が生きることを拒んでいるんだなと感じたことを今でも覚えている。

寝なければ恐ろしい明日がやって来ない気がしていた。

眠れないから飲めないアルコールと入眠剤で深夜の酩酊となり何度も死にかけた。
自分の名前すら満足に書けないほど手が震える後遺症には今でも時々苦しめられ自らの震えを自覚する度に悍ましい記憶が蘇る。
自分を追い込んでしまうことが、その後の身体にどれだけ負担を掛けていくのかを体感した。
大切に使えば一生使える身体なのに結局2度の入院と2度の手術、そして1年半もの長いリハビリ生活を送ることとなった。
外見上目立ちはしないが今でも装具無しでは暮らせない。
3度目の手術も免れることは出来ないだろう。
自分を責め過ぎると自分を壊していく、自らを喰いつくしていく。

「Xデー」その日

Xデーが来た。経営者から家族だけの保安要員になる日が来た。債権者と債務者に内容証明郵便を送り、計画通りに会社と自分を弁護士に託した。もうこうなると学歴も国家資格も何も役に立たない。内藤から貰った知恵と、自分に残された生存本能だけが頼りだった。

この節目の日、内藤からご鰻重をご馳走になった。旨かった。忘れられない味だ。
飄々と去っていく内藤の背中を見えなくなるまで見つめていた。

複雑な感謝を込めて見送った。

渦中では気づけなかった。
自分では全く気づけなかった。
社員の家族のこと、社員のこと、仕事や取引先のこと、自分の家族のこと、生活のこと、個人保証していた億近いの借金のこと、そして自分のこと。

全部大切なのに大切にできなかったこと。これは後悔しかない。今は猛省を経て改心を終えた。

生存危機からの再起

生活の再建

人生の再生、生活の再建は、自分が動かなければ何も変化させることはできない。辿る道も答えも一つでは無い。
ただ工夫と時間と手間さえ惜しまなければ事は必ず動く。間違いなく動く。

今まで調べもしなかった「自助・公助・共助」の実態に触れ、こんなにも自治は脆弱なのかと唖然とした。

一体今までどれだけの税金を納めて来たと思ってるんだ!と言いたかったが、それはそれ仕方ない。
その手の本を読み漁り、多くのNPO、人権派の代議士、社会福祉協議会、福祉事務所、自治体の福祉課、ハローワークなどに相談をしながら、再生までの道のりを手探りで始める。

セーフティネットのある日本で、社会保障が手厚いと言われる日本で、社会保障に積極的だと言われる自治体をいろいろ探し回った。共通して思うのは、制度はある。
大なり中なり小なり極小なりに制度は存在する。
でも見つけにくいところに、ひっそりと制度が設けられていることが多い。
全く話にならない自治体も存在する。
自治体の職員自体、知らない制度がある。経験の無い制度がある。
でもそれを見つけ、知り、可能性を感じ、猛烈に勉強し、求められる資料を用意して届け出ても「前例がないから受け付けられません」と言われた時があった。
窓口の担当者もケースワーカーも迷惑そうだった。

この瞬間、自分の中の血の巡りが大きく変わった。
笑顔で戦闘態勢に入った。
その後暫くを経て
「こんな制度がこんな形で援用できるとは知らなかった」と何度か言われることとなった。

お前ら今まで一体どれだけの家族から希望をむしり取ったんだ?

ケースワーカーが抱く罪悪感

地域によって自治体事情も異なるが、新型コロナウィルスの影響は大きく、コロナ禍の保健所と同様に人員不足が深刻化してきている。

そもそもケースワーカー1人が携われる数には自ずと限界があり、それはコロナ禍以前から指摘をされていたことだ。
現時点ではケースワーカー不足が常態化しているのだ。
必要な支援が届かなければ意味が無いし、一人一人異なる特殊な背景に対処するには相当な熱量が必要であり、やむを得ず水際で追い返すという暴挙も散見される。

のまま新型コロナウィルスの影響が長期化すると、多くの人々の生活再建に向けた正しい活動ができなくなってしまう。

ケースワーカーという職域に居る人は、生活再建のためにできるだけのことをしたいと考えている人も多い。
しかし考えてはいるが、国、都道府県、区市町村等の制度、言い換えると「仕訳」に悩まされている。初めましての相談に訪れた人が窓口の職員から「財布の中身が1000円以下になったらまた来てください」と言われたという話は事実である。

ケースワーカーは担当する世帯の多さからも事務的な対応しか許されず結果手遅れとなってしまう悲しい現実も背負わなければならない。
精神的な繋がりが大切なことは十分理解しているし、それも支えのひとつとなって生活再建への足掛かりとしてほしいと願うケースワーカーは多いのだが、その制度の運用には常に「ルールによる排除」が立ちはだかる。

「生存危機コンサルタント」として。

内藤明亜事務所website2.0を公開するにあたり、
自分は生存危機コンサルタントを名乗る事にした。
今までの経験と、後悔と、反省と、改心の上で、できる限りの「サイレントサービス」を提供していく。
※サービス内容については後述。

Xデーまでの作業をただ短時間で処理することより、Xデーから回復するスピードの方が大切だと思っている。

そのためには、我々と会ってから2ヶ月の時間を用意してもらいたい。
必要且つ十分な活動時間として2ヶ月の猶予がほしい。
どうしても猶予が取れなければ、それはそれで切迫対応に全力で尽す。

内藤明亜事務所の今までのミッションは、主に会社の清算と必要に応じた個人の清算にある。

ただ自分の経験だけを話すと、Xデーの後の回復までの道のりは誰かが伴走した方が良い。

それを喜多圓蔵がやる。

もう誰にも天を仰ぐ様な心が折れそうな気持ちにはなってほしくないのだ。

喜多圓蔵の提供する「サイレントサービス」

◆サイレントサービスのイメージ
>本来なら苦難を乗り越えていける強い人間なのに、うねりによって弱い存在にされる。
:vulnerable

そう言われる立場になったとすればそれは『社会的弱者』になったということ。平坦な道でもつまづくことはある。あなたを苦しめている全てを代わることはできないが、火の粉を避ける丈夫な傘の探し方を教えられる。そして使い方も教えられる。

>生存
:Survival

普通に暮らせること、普通に生きること、ただそれを守りたい。生存を主眼に置くと家族別々に暮らさなければならない瞬間があるかもしれないが、それも暫くのこと。今まで頑張って来たのだから越えて行ける。大したことではない。むしろ新鮮な人生の瞬間として捉えてほしい。

>回避
:Evasion

要らぬことを避けてもらう。疲弊した身心で数人に囲まれて恫喝されたら「正しい選択」をすることはとても難しい。不要な絶望も生まれてしまう。一方的な思い込みも芽生えてしまう。その時、止めてくれる伴走者でありたいと喜多圓蔵は思っている。

>抵抗
:Resistance

時と手間を惜しまず深呼吸をしながら暗雲が流れ去るのを待つ。これも静かなる抵抗だ。逆らい方にもテクニックがある。水は低い方に流れるが、時に堰き止めることが最善な瞬間もある。あの手、この手、奥の手、ウルトラC、手練手管、喜多圓蔵は用意している。

>脱出
:Escape

ひと息つける状態の時には今までの不調を改善して身心を快復させる。必要なのは特別な診断医かもしれない。快復したらまた歩き始められる。ここで言う脱出とは英気を養って新しい人生へ進むことを指す。喜多圓蔵はその背中が見たい。

◆サイレントサービスの提供につき

真実とあらゆる可能性を教えてください。伝えてください。『人生のディティールの作り込み』をします。

会社の清算と、個人の清算、生活の再建、人生の再生、この4つを、なるべく高い次元でバランスさせながら、新しい人生を穏やかに作ります。

内藤との初回面談時から喜多が同席します。
会社の清算、個人の清算、生活の再建、人生の再生、全てパラレルで進めます。

◆サイレントサービスの内容

事業の清算や個人の清算と同時に人生の再生を始めます。

弁護士へ委任する前に必要な「モノ・コト」をご案内します。
再生までの道のりを、なるべく丁寧にご説明します。

お子さんや伴侶はお元気ですか?守るべき人たちを守るお手伝いをします。
支えて来てくれたご家族全員が安全で快適に暮らせるお手伝いをします。

弁護士に委任した夜からも続く人生が少しでも穏やかでありますように。
再起動のお手伝いをします。

支援 / 給付 / 助成 / 手当 / 葬祭 / 就労 / 出産 / 介護 / 医療 / 教育 / 住宅 / 生活 / 転居 / 転校 / 改名 / 改姓 / 緊急避難 / 生活保護 / 事前相談 / 申請同行

これらは内藤明亜事務所へ事業の清算をご相談いただいた方へ提供する「サイレントサービス」です。

ただし以下いづれかの場合には「事業の清算」に関わらずご相談ください。

  • 夫婦で別居をした、別居をするかもしれない。
  • 離婚をした、離婚協議中、離婚をするかもしれない。
  • 夫婦間で調停あるいは法廷(係争)となっている。
  • 夫婦が法律婚または事実婚を解消した児童がいる。
  • 父または母が亡くなってしまった児童がいる。
  • 父または母の障害下で生活している児童がいる。
  • 父または母の生死がわからない児童がいる。
  • 父または母が遺棄している児童がいる。
  • 父または母がDV被害に関する保護命令を受けた児童がいる。
  • 父または母が拘禁されている児童がいる。
  • 父または母が戸籍上存在しない児童がいる。
  • 父または母によるネグレクト下の児童がいる。
  • 父または母による監護を放棄された児童がいる。
  • 未成年を養育している。
  • ひとり親世帯(家庭)の認定が取得できない。
  • 多子世帯である。
  • 未就学児が保育園に入れない。
  • 生活費が足らない。
  • 自治体へ出向く時間が乏しい。
  • 対行政折衝がむずかしい。

児童手当 / 児童扶養手当 / JR通勤定期券割引 / 公共交通無料乗車券 / 有料家庭廃棄物の減免 / 上下水道料の減免 / 公営住宅家賃の減免 / 児童育成手当 / 障害手当 / 乳幼児医療費助成 / 義務教育就学児医療費助成 / ひとり親家庭等医療費助成 / 就学援助費 / 子育て世帯給付金 / 多子世帯における授業料等支援事業 / 給付型奨学金 / 就学支援金 / ひとり親世帯給付金 / 授業料等支援

最後に伝えたいこと

独りは弱い、そして脆い。
「もう怖いものなんかありません」と言う人ほど立ち向かう気力は直ぐに底を突く。

結局人は何かを、誰かを守っているから踏ん張れるのではないだろうか?頑張れるじゃないだろうか?

皆さんに必要とされている限り我々は踏みとどまる。

会社の運営責任者から家族の保安要員になったら気力を振り絞って立ち向かってほしい。

そして闘えるなら闘え。

休めるなら休め。

内藤と喜多は親子ほど歳が離れているが仲良く事務所で待ってる。

最も暗い夜の最も輝ける光でありたいと思っている。

自分は常に「実用的」な人間でありたいと思っているから、正しい側ではなく必要とされる側に立つことを約束する。

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