元事業経営者にして倒産経験のある内藤明亜の、倒産と闘う!ためのWebサイトです。

マーケティング時代の仕事

以下、マーケティング・プロモーションに携わっていた頃の仕事について述べます。

◆じっくりと腰を据えてやった仕事

[道路の広報]
建設省・首都高速道路公団の広報をやりました。
新しい道路の構想段階から地域住民の合意を形成するために、広報施策を検討し、広報手法や広報表現を考える仕事です。(現在「建設大学校」常任講師)
「第二東京湾岸道路」や「中央環状線」など。生きているうちに走りたいものです。
こうしたナショナルプロジェクトに携わることは大変に刺激的で楽しいものです。

[中国料理店のプロデュース]
中国、北京の宮廷料理の店『□膳飯荘(ほうぜんはんそう)』の東京店を手掛けました(「ほう」は「にんべん」に「方」です)。
本店の北京店に取材に行き、調理方法、メニュー、サーブなどから、店舗デザインやお皿のデザインなどのアイデンティティの形成を、「21世紀の紫禁城」というコンセプトで中国の伝統をベースに、世紀末的なあやうさで遊ばせていただきました。
とても面白い仕事でしたが3㎏ほど太ってしまいました。

[栄養補助食品のマーケティング]
食用油メーカーからの依頼で栄養補助食品のマーケティングを展開しました。
食用油の精製過程でビタモンEが採れるのをベースに、EのみならずレシチンやビタミンF、ビタミンCなど『栄養素食品』というカテゴリーネームを与え、「エセンシア」というブランドの基にラインナップし、商品開発から流通対策、広告広報までやりました。
商品関連の知識が貧しく、一生懸命勉強しながらやりました。

[コンピュータの市場導入]
ファミコンに対抗したMSXコンピュータの市場導入をやりました。
電機メーカーの、ビギナー向けコンピュータを市場に導入し、定着させる仕事で、ベーシックでプログラムを組んだり、ソフトハウスのプログラマーと新しいソフトをつくったり、販売店でのデモンストレーションの方法を考えたりしました。
従来アナログ派でキーボードが苦手だったのですが、克服することができました。

[長野オリンピックの招致]
日本国内での冬季オリンピック招致合戦に勝ちました。
長野市の冬季オリンピック招致委員会の仕事で、コンセプトのビルド、キーワードづくり、さらにはJOCに提出するプロポーザルの作成に関与し、当時、旭川や雫石などと戦って、国内で勝利しました。
その後、実現したことは心から喜んでいます。
しかし、わたし自身がこの仕事に携われなかったのが残念です。

[たばこ愛好家の組織化]
日本たばこの仕事で、たばこ愛好家の組織化をオーガナイズしました。
当時は嫌煙権運動が盛んで、愛煙家は片身の狭い思いをしていました。
そうした孤立した人に心的保証を与えられるようなムーブメントづくりでした。
ネーミング、シンボルマーク、PR誌、イベントなど会員対象でしたが全面展開しました。
わたし自身がヘビースモーカーであったことも影響してか情熱を傾けてやりました。

[本格焼酎の広報活動]
乙類焼酎。イモやソバを素材とした焼酎の広報をやりました。
酒造組合中央会の依頼で、本格焼酎を普及させることが目的でした。
若い層にターゲットを絞り、ディスコの「GOLD」や、浅草の「花屋敷」を借り切ってのイベント、シンボルマークの公募、著名人で「世界本格焼酎連盟」を結成したりしました。
わたしは飲まないのですが苦手なものでも仕事はできるのだ、と吹聴する材料になりました。

[クルマの販売促進]
日産、ホンダ、トヨタ、マツダ、いすず、フォードなど、SPの仕事をしました。
広告代理店からの依頼ですが、なぜか途切れることなくクルマの仕事をずっと続けてやってきました。
これは、クルマのことが判ること、ディーラーのプロモーションが判ること、さらには購入者の心理が判るからでしょうか。
大小のキャンペーンを企画しました。
やればやるほどクルマ業界の内側が見えてきます。

[CIのディレクション]
製紙会社のCI。三社の製紙会社が合併することになり、その新会社のCIを依頼されました。
これは三つの会社の消滅をも意味しており、単なる新しいCIの形成だけではなく、そこに至るストーリーを創ること。
言わば新しい会社を皆で作るのだとういエネルギーのようなものを形にしていくことが大切でしたがなんとかやり遂げることができました。
本格的で極めて難易度の高いCIの仕事でしたが、楽しくやれました。

[行政機関での講演]
建設省や首都高速道路公団あるいは地方自治体で広報の講演を続けています。
日本はアメリカなどに較べて行政の広報が遅れています。
行政の運営は受け手である生活者の了解と合意がなければ効率的な展開ができません。
しかし、行政担当者は広報のノウハウを身に付けていません。
そこで、応援団的な講演をやり続けています。
ナーバスな行政マンに手練手管のテクニックを教えることはわたしの喜びです。

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◆ その他印象に残った仕事

・アメリカスカップに参戦するニッポンチャレンジの支援広報施策
・CABINのブランド別ポジショニングの整理
・アーネストボーグナインのかみさんが創った化粧品の市場導入
・富山県のイメージアップ広報施策
・ソーラーカーレースのオーガナイズ
・眼鏡フレームの商品開発
・イタリアントマトのリファイン
・読売ジャイアンツの50周年CI
・使い捨てコンタクトレンズの日本への市場導入
・カネボウの新製品開発
・ユニチャーム生理用品タンポンの市場導入
・資生堂の新製品キャンペーン
・ロッテチューインガムの商品開発
・NTTの新製品の導入キャンペーン
・インスタントラーメンのキャンペーン
・ソニー8ミリビデオの市場導入SPキャンペーン
・タレントのイメージアップキャンペーン
・マルイのPR誌編集
・ドイツ製コーヒーのパッケージデザイン
・横浜市民生局のハンディキャッパー対象キャンペーン
・市区町村の行政広報
・スキューバダイビングショップのプロデュース
・ファッションショーの構成演出
・マミヤ一眼レフの市場導入
・サントリーオールドのリポジショニングプラン
・リカちゃんの商品開発
・旅行代理店の新ディステネーション開発企画
・ハウスメーカーの住宅展示場でのプロモーションプラン
・東芝VTRのプロモーション
・総理府輸入促進キャンペーン
・東映ビデオ市販ビデオ「B-BOY」プロデュース
・目黒区の外郭機関都市整備公社の広報施策
・琵琶湖湖畔のリゾートホテルのオープニングプラン
・真言宗空海千百五十年御遠忌記念プロモーション企画
・地球環境シンポジウムで配付する電事連のパンフレット制作
・某市長候補の選挙キャンペーン
・眼鏡フレームメーカーのバレンチノガラバーニブランド取得及びプロモーションプラン
・建設省道の日イベントのオペレーション
・NEC大学生対象パソコン近代五種競技イベント
・万年筆モンブランのアニバーサリーキャンペーン
・ロボダッチのキャラクター開発及び商品開発
・ヤマハ家具ショップオープニングの企画 

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◆ 二十五年のキャリア
マーケティングという概念も、プランナーという職種もない時代からプランニングを仕事としていました。
自分で自分を「戦略家」だと位置づけて仕事を続けてきました。
ざっと数えると、書いた企画書は一千本を超えると思われます。

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