「この段階で会社をやめると、どうなりますか?」
質問はシンプルなものだった。

◆ 先ず、会社の収益状態をうかがう。
業種は飲食業。地方都市の駅に近いところで営業している。創業十年。
先期の売上げが3,000万円。粗利率(売上総利益率)が60%。一般管理費が1,800万円。
営業利益はゼロ円。
トントン。この状態が二期続いている。後継者はいない。
最盛期は年商4,000万円を超え、粗利率は70%以上あったし、営業利益も充分にあった。
労働基準監督署の指導が入り、従業員の稼働時間を制限されたため、職人が育たなくなり、就業時間が短くなれば従業員の賃金も少なくなり、従業員が定着しなくなった。
さらに、社会保険への加入がほぼ強制化され、収益の悪化から滞納が続くと“差押え”すると圧力をかけてくる。
それに加えて、金融機関からの借入が3,000万円あり、その利息支払いと元金返済がさらに圧迫している。

◆ 次に、会社と代表者の財務状態をうかがう。

・会社の財産
事業が飲食のため、売掛金は皆無。財産は現預金の300万円のみ。

・会社の債務
債務は多岐にわたっている。
お店は賃貸。保証金は入れてあるが廃業すれば原状回復費用として150万円。
厨房器具はリース。リース残が300万円。
什器は中古を購入したので、お店に財産はほとんどない。
買掛金は毎月平均で100万円。
金融債務は二行から3,000万円。保証協会の保証がついている。
金融債務とリースは、代表者の連帯保証がついている。
税金と社会保険の未納分(預り金)と滞納で200万円
まだ現れてはいないが、解雇予告手当など労働債権が500万円
債務の合計は、[4,250万円]。会社の財産との差し引きで[3,950万円]

・代表者の財産
経営者の財産は、ローンの終わった自宅不動産(マンション)があり、市場価格が1,500万円。
クルマはローンの終わった市場価格100万円ほどのものが一台。生命保険が一件、解約返戻金が100万円。
代表者の財産合計は、[1,700万円]。

◆ 事業を止めると、どうなるか。

会社の財産(決算報告書の[資産の部])をすべて換金し、会社の債務(決算報告書の[負債の部]、借入、買掛金、未払金、預り金、など)と対応させて、プラスであれば会社の[清算](誰にも迷惑はかけない)。マイナスであれば会社の[倒産(債権者が出る)]になる。
連帯保証していればその代表者も[破産]することになる。
その見極めをする。
この依頼人は明らかな債務超過の[倒産]だった。
事業をやめる場合、ほとんどが倒産になる。決算書上の会社の財産([資産の部])は“換金(現金化)”するとびっくりするくらい目減りするのだ。

会社は、すべての契約を止めることになる。

・雇用契約の解除
賃金や退職金(規定があれば、だが)の支払い。
会社都合の解雇であれば、一か月分の解雇予告手当の支給。
この会社の場合は500万円必要。

・売買契約も解除
買掛金が、月末締め翌月末現金(振込み)払い100万円残る。

・賃貸契約の解除
お店や駐車場の契約解除。
この会社の場合は保証金が入れてあったが、原状回復となると150万円必要。
リースは、連帯保証があったのでリース残の300万円が代表者個人に移行する。

・借入金の清算
銀行からの借入が3,000万円。主債務者は会社だが、代表者の連帯保証と自宅不動産に根抵当権がつけられている。
根抵当権のついている自宅不動産を売却して金融債務に充てる。
自宅不動産の市場価格が1,500万円。
代表者個人が負う金融債務は差し引き1,500万円

会社の財産が現預金の[300万円]のみ。
会社の債務の合計は[4,250万円]。
差引き[3,950万円]が会社の債務。
代表者の個人財産は[1,700万円]。
代表者の連帯保証があるので、これも差し引くと[2,250万円]のマイナス。
さらに、法人の破産と代表者個人の破産にも費用がかかる。
管財事件では[250~300万円]。
少額管財でも[150~200万円]。

小規模零細企業の倒産処理では、
・[労働債権]、
・[(連鎖倒産のおそれのある)買掛金]、
・[(家族、友人、知人からの借入などの)恩借]
さらには、
・[少額管財が実現できなくなる債務]
は残してはならないのが原則だ。なぜならば、再起に障害が出るからだ。
それができるのは【予知倒産】の段階だ、【切迫倒産】ではそうした配慮ができなくなる。
税金と社会保険は優先債権だが、会社に差し押さえられる財産がなければ破産で処理される。

◆ 破産処理の方法と費用

倒産処理の方法は、
・(法的処理)[法人の破産]

・(私的処理)[任意整理]
がある。
このケースでは、債権者の同意が得られそうもないので任意整理は難しい。
法人の破産処理を選ぶのが常道だろう。

この段階での法人の破産には、以下の費用がかかる。

・予納金
負債総額の最低ランクは[5,000万円未満]で、
・法人で70万円
・代表者個人で50万円
両方で120万円

[少額管財]が適用されれば、法人と代表者個人で20万円。
  少額管財は、破産管財人の作業領域が少なくなければ適用されない。
地方裁判所によってはこの運用を採用していないところもあるので注意が必要。
・申立て代理人の弁護士費用は100万円前後かかる。
少額管財が適用されるためには、申立て代理人の作業が多くなるので、費用はかさむ。
ここでも、150~200万円の費用が必要になってくる。

◆ 経営者の逡巡

事業は、続けようと思えば続けられる。
おおよそ関係者たちが生活し、金融債務を返済するための事業になってしまうが、このままの売上額と利益が維持できれば継続は可能だ。

やめるとなると、大きな債務が顕在化してくる。
その債務総額は[2,250万円]
法人の破産処理の費用として、[150~200万円]用意しなければならなくなる。

労働債権だけは解決しておかなくてはならない。そのためには[500万円]ほど調達しなければならなくなる(ここで調達した資金はどう返済するのか)。
経営者は自宅不動産を失い、さらに個人の破産もしなければならない。このまま破産管財人の前に行けばクルマも保険も、個人の預貯金も全て失ってしまう。

『会社は、興すのは簡単だが、終わらせるのはたいへんなことだ』

と言われるゆえんだ。
相談に来られた経営者は逡巡した。大いに逡巡した。
この段階は、【予知倒産】と呼べる段階だ。
わたしの助言は以下のようなものになった。

【現状と将来予測を確認する】
・このまま、売上と利益が回復できるようなら、継続する道はある。
・一年後、三年後、五年後の予測を厳密に立てて方針を持つこと。
・しかし、これ以上悪化するといわゆる“資金ショート (資金不足) ”が起る。
・資金ショートが起ると、債務は今以上にかさむことになる。
・経営者の心理的ダメージは計り知れない。
・さらにその段階は【切迫倒産】になる。
・費用がかさむばかりでなく、迷惑をかける債権者が多くなる。
・当事者の精神的なダメージも大きくなって、再起が難しくなる。

【破綻処理の全体像を構築する】
・この先に不安があるならば、破綻処理を勧める。
・半年ほどのリードタイムを設ける。
・その間に金融債務のリスケジューリングを実現するなどの債権債務を調整する。
・債務は、税金、社会保険、金融債務だけ。あるいはそれに近い状態にする。
・倒産後の、当面の生活費を最低限確保しておく。
・そのうえで[少額管財]が実現できるようにする。

【破綻後の想定をしておく】
・倒産は単なる曲がり角を曲がること。
・その先に再起が考えられる終わらせ方をすること。

相談に来られた経営者は、結論を出さずにお帰りになった。