※ このエントリーは、旧ブログ(fc2ブログ)に2009/12/31(木)に書いたものの再録です。

ジャズを形成している要素、あるいはジャズに親しめるかどうかのフィルター、というものについて整理しておきたい。あくまでも、わたしが考えているジャズについて。

①フォービート(グルーヴ)。
ジャズがジャズらしくあるのは、原則的にはフォービートと呼ばれているリズムパターンだと思う。
基本的には4/4拍子(四分音符が基本となった譜わり)で、それも二拍四拍にアクセントがあるアフタービート(バックビート、あと打ち)。
音で聴くと、ベースが一拍二拍三拍四拍を弾き(ウォーキング)、シンバルレガートが一拍二拍三拍四拍を刻むがよく聴くと二拍四拍にかすかに強いアクセントがあり、かつ二拍四拍にハイハットが入る。
このリズムパターンはいわゆるポピュラー音楽の基本だが、ロックなどは4/4よりは8/8(八分音符が基本となった譜わり、エイトビート)、さらには十六分音符が基本となる譜わりのように細かくなっている。
また、日本の伝統的な楽曲などはアフタービートではなくダウンビート(一拍三拍にアクセントがある、まえ打ち)になっている。これは音楽を聴きながら拍子をとって(手をたたいて)みればわかる。
それもアコースティックなサウンドで。ドラムスは打ち込みは使わない。ベースもウッドベースで。
もちろん、一切の例外を認めないわけではないが、このグルーヴがジャズの基本だと思う。たぶんに古臭いグルーヴであることは避けられない。そのためロックのグルーヴが染み付いている人には物足りなさを感じるようだ。また伝統的なグルーヴに親しんでいる人たちからも違和感をもたれているようだ。
この基本グルーヴのフォービートを好ましいと感じられないとジャズに親しめないだろう。ジャズに親しめるかどうかの最初のフィルターになっているように思う。

②アドリブ(プレイ)。
ジャズがもっともジャズらしくあるのは、このアドリブだろう。すなわち、即興演奏。
この即興演奏というのはよく、無原則に即興で演奏されると解釈されことが多いのだが、それは誤解である(まぁ、無原則な即興演奏をするジャズマンもいるから誤解を受けるのだが、それは少数派だ)。
多くのジャズは一定の原則の基でアドリブが行われている。
では、どのような原則に従った即興演奏かというと、基本はいくつかの音がいっしょに鳴っても、不協和音にならないようにするということだろう。
楽曲はコード(和音)によって形成されている。そのコードをはずすことなく(コードの範囲で)即興演奏をすれば不協和音は生じない。
その拡大解釈でモード(旋律)に従った即興演奏もある。
この違いは、コードの場合はほとんど不協和音を感じることはないが、モードの場合はコードに較べるとやや違和感を感じることもある(不快というほどではない)というレベルといえるだろうか。
その即興演奏には、ヴァリエーション(主題となる旋律の変奏)、フェイク(原曲のメロディをそれがかろうじて形を留めるまでの範囲でくずして演奏する。ヴォーカルはこのレベルが多い)、アドリブ(いわゆるインプロビゼーション)、など、いくつかの階層もあるが…。
楽曲にはテーマ(主旋律)があり(一般的な歌曲は八小節×四のパターンが多い。ブルースの場合は八小節<もしくは四小節>×三)、コード進行が決まっている。
ジャズでは、そのテーマを奏でたあと、そのコーラス単位(テーマを一コーラスと呼ぶ)でアドリブが展開される。そのアドリブはテーマが持っている曲調がどのように反映されているかも表現の大事な要素だ。
例を挙げると、トランペットとピアノトリオのカルテットの場合、この四人でテーマを演奏したあとで、トランペッターが三コーラス、ピアニストが三コーラス、ベーシストが一コーラス、アドリブ演奏をした後で、もう一度テーマが合奏されて終わる。のように展開される。ジャズミュージシャンは、演奏する曲のコード進行を頭に入れ(できない場合は楽譜を見ながらになる)、演奏に臨んでいるのだ。
このようなアドリブを展開する演奏スタイルがジャズなのだ。しかし、実際は〝リック〝と呼ばれる既成のフレーズを組み合わせて奏することが多い。そのリックが多用されると凡庸なアドリブになり、リックに頼らずにその場で(真に)即興でアドリブするとスリリングになる(失敗すると悲惨なことになるのはいうまでもない)。
楽しみ方としては、テーマをどのように演奏したか、そしてそのアドリブがどのように展開されたか、を聴くことになる。
よって、[ジャズには名曲はなく名演しかない]といわれることがある。
つまり、スタンダードと呼ばれるような曲はたくさんのアーティストによって演奏されることになる。
例を挙げると、「I Remember Clifford」という曲などは、わたしがもっているだけで100以上の演奏(さまざまな年代の、さまざまな編成の、さまざまな楽器による)がある。
ジャズは、このテーマからアドリブに至る展開に入り込めないと、楽しめないだろうと思う。曲を聴いている間中、何をやってるんだろうと思っている人がとても多いことをわたしは知っている。といって、ミュージシャンでもなければ、アドリブがコード進行にあっているかどうかを聞くわけではなく、あくまでも奏者のアドリブ音楽を聴くのだが。
このアドリブが無条件に楽しめるかどうか、がジャズと親しめるかどうかの次なるフィルターだろうと思っている。

③オリジナリティ(サウンド)。
ジャズの更なる要素は、そのオリジナリティだろう。
それは、アドリブのフレーズとサウンドに大別される。
フレーズは、先に述べたようにアドリブの中で楽しむことになる。
サウンドについては、①で述べたことにも関連するが、いかにもジャズ的なグルーヴを表現できるサウンドを奏者が開発することにある。
たとえば、トランペットという楽器の音色は、本来(クラシックやブラスバンドでは)明るく澄んでいて、力強く攻撃的で、大きい音のする楽器と位置づけられている。
しかし、ジャズでは〝ダーク〝という言葉で代表されるように、擦れてたり、翳りがあったり、弱々しげであったり、デリケートだったり、というようなオリジナリティを(本来のトランペットという楽器の枠から外れて)ジャズのトランペット奏者はみな追及している。
これは奏法だけではなく楽器そのものにも及び、アート・ファーマーという奏者に至っては、トランペットとフリューゲルホーンのよさを取り入れた新しい楽器(その名もフランペットという)を新たに開発するに至った。
そのほか、ミュート(弱音器)をつけたり、ハーフバルブ(ピストンをしっかり押さずに中途で止めて音を出す)を多用したり、アンプをかませて音の効果をコントロールしたり、とオリジナリティを開発する奏者はいとまがない。
あるいは、ベースは、弓で弾くぶんには四分音符いっぱいに音を鳴らし続けられるが、ピチカートの場合は次の音を出すためにどうしても一度弦から指を離さなければならず、四分音符いっぱいに音を鳴らし続けることはできない。が、その運指をいかに遅らせてフォービートに粘りを出すか、などの工夫をしているベース奏者は多い。
ジャズには突撃ラッパのようなサウンドは合わないし、粘りのいないベースではジャズ的なグルーヴは出ないのだ。
こうしたトライは、ややもすると珍奇でひとりよがりになる場合もあるが、それがうまくいくと絶妙なオリジナリティが開拓されることになる。
このようなジャズ的なサウンド。奏者のオリジナリティを聴く楽しみがジャズの大きな要素なのだろうと思っている。
そして、これが楽しめるがどうかがジャズに親しめるかどうかの重要なフィルターとなるとも思えるのである。

もちろん、ジャズの要素はこれだけではないが、少なくともこの三つ、すなわち〝フォービート(グルーヴ)〝、〝アドリブ(プレイ)〝、〝オリジナリティ(サウンド)〝が受け入れられない(楽しめない)とジャズとは親しくなれないだろう。
これが、わたしの考えるジャズ。[This is How I Feel about Jazz.]である。